今、息子は中学3年生。世にいう受験生。
不登校は相変わらず継続中で、週に1〜2日、1〜2時間ほど登校する、という感じ。
これから先にある息子の人生、どのように彼が道を切り開いて進んでいくのか。多少の不安はありつつも、それも含めて、楽しみながら、全力で見守っていこうとする整備士パパの応援ブログ!
このブログの一番最初に、息子が不登校になっていった経緯を話そうと思う。
始まりは、小学4年生の春
息子が学校に行きしぶるようになったのは、小学4年生のころ。進級して2〜3週間たったころから、登校するのを渋るようになってきたんだよね。
最初のうちは、その理由をどうにか聞き出そうとしたり、なんとか登校させようとしたりしていた。自宅から学校までは徒歩5分くらいなんだけど、毎日一緒に登校して、学校前の横断歩道まで一緒に行って見送る、ということをしていたよ。
今思えば、予兆はあったんだよね。
息子はもともと、朝早く登校するのが好きな子で、8時15分までに行けばいいところを、7時15分くらいには家を出て、早く学校に行くような子だった。それなのに、登校する時間がどんどん遅くなっていったのを、すごくよく覚えている。当時はそこまで深刻に考えていなかったけど、今振り返れば、あれは「学校に行きたくない」という心の変化の現れだったんだね。
横断歩道での見送りと、「おかえり」の時間
そこからひと月くらいかな。朝、横断歩道まで一緒に登校するルーティーンを続けていたんだけど、本当に一日、一日と、学校へ向かって歩くスピードが遅くなっていった。いつも見送る横断歩道に着いても、私から離れずに、なるべく私との会話を引き延ばして時間を稼ごうとする。当初よりも明らかに、「登校したくない」という雰囲気がにじみ出るようになっていったなぁ。
そのときの私は、正直に言うと、息子のその間接的な訴えを見て見ぬふりをしていた。どうにか登校させよう、なんとか登校さえしてしまえば、行ったら行ったで楽しく過ごして帰ってくるはずだ——そう思っていた。思っていたというか、そう信じたかったんだろうね。
私は工場を自営していて、自宅と工場が同じ建物なんだ。だから息子の下校時には、いつも出迎えることができる環境だった。下校時刻になると、本当に毎日、首を長くして息子の帰りを待っていたよ。
息子の帰宅姿を見つけて「おかえり!」と声をかける。すると息子は、たいてい汗だくの笑顔で「ただいまぁ」と元気よく返事をしてくれる。
その瞬間が、私にとって一番安心する、本当に心が平穏に戻る時間だった。
でも、ほっとするのもつかの間。すぐにまた朝がやってくる。そして、重たい足を学校に向けて、また一緒に登校する。
このサイクルを、1か月半くらいは続けていたと思う。
その間に、いろいろな変化があった。もちろん、良くないほうに。
まず、家を出る時間が日に日に遅くなっていって、8時15分の登校時間には当然間に合わなくなった。
はじめは横断歩道まで一緒に行って見送っていたのが、次第に学校の門まで行くようになり、最後のほうは、学校の中の靴箱まで一緒に行かないと登校できなくなってしまっていた。
そこからは、2〜3回かな。門までは一緒に行ったけれど、中に入ることができなくて、「今日はかえりたい」という日もあった。
そのときの私の本音は、どうにか登校だけはしてほしい、というものだった。それでも、「明日はがんばって登校する」と息子に約束させて、連れ帰った日が何回かあったよ。
私が、なぜ「何も言わない」と決めたか
そういう日々を送っていた、ある日のこと。
横断歩道に行く手前の道は路地になっていて、上り坂があるんだ。車が一台ようやく通れるくらいの、本当に細い路地。
その上り坂に差し掛かったとき、息子の足がピタッと止まったんだよね。
本当に行きたくないんだなぁ——そう感じながらも、私はなんとか息子の意識を楽しいほうに持っていきたい一心で、「学校から帰ったら一緒にゲームしようか?」「帰ったらバイクで出かけようか?」と、笑いかけながら話したのを覚えている。
そのときの息子の表情が、今でも脳裏に焼き付いて離れない。
笑顔もない、無表情な顔。その目から、一筋の涙が、すーーっ、と流れ出たんだ。
この光景を見た瞬間、「はっ!」として、私は何も言わず、息子の手を引いて、二人で家に帰った。
そこが、自分自身の考え方を見直すきっかけになった日。
——こんなに苦しい思いをさせてしまってたんだなぁ……ほんと、ごめん。——
そうだよなぁ。本当に大事なところはそこじゃないよなぁ。息子の心を削ってまで、笑顔を奪ってまで頑張らせるほどの事ではない。周りの子と同じ道ではないかもしれないけど、この子なりの進み方、成長の仕方を精一杯見守っていこう。だんだんとそういう気持ちに固まっていったんだよね。
そして、これが、私が「何も言わない」と決めた理由なんだよね。
「何も言わない」の本当の意味
「何も言わない」というと、良いことも悪いことも何も言わない、という広い意味でとらえられがちだけど、私はそういう意味でいっているわけじゃないんだよね。
周りのみんながやっているから必ずやらないといけない、そうさせないといけない、という、世の中にある大きなひとつの考え方。決してそれを否定するつもりはなくて、そこになかなか気持ちがついていかなくなってしまっている息子に対しての私の答え。
あくまで、この子のための最善を一緒に模索しながら、人と同じ道である必要はない、自分にとってのハッピーな道を歩んでいってほしい。——そういう思いから、見守っていく=「何も言わない」と私はこころに決めたよ。
最後に
これまでが、息子が不登校になっていった過程と、私が「何も言わない」と決めたいきさつになるよ。
なぜ学校に行けなくなってしまったのか、それ以降の息子の様子や、息子に対して私がとった行動など、またこのブログで書いていきたいと思う。
息子がこういう状態になっていったとき、私自身、すごく戸惑いがあった。「なんで?」「どうして?」という思いが先にたってしまい、息子に苦しい思いをさせてしまった。
幸いなことに、私たち家族の場合は、頑張って登校させるというところから、彼の心を壊さずに、他の子と違うルートでも良いから彼なりの将来的な自立を模索していく、という方向に舵をきることができたおかげで、今でも大好きな息子の笑顔を見ながら一緒に成長しながら歩んでいけてるよ。
もちろん、不安はある。ただし、その不安はどこのご家庭でも抱いているような、漠然とした将来への不安ということであって、不登校になったから未来が不安という風には今は全く思ってないよ。
同じような境遇で、わが子の不登校に悩んでいるおとうさん、おかあさんはたくさんいると思う。
まだまだ私自身、子育て真っ最中ですが、同じように子を想うおとうさん、おかあさんと情報を共有し、少しでも多くの子供たちの笑顔と、ご両親の笑顔を生んでいけるようなブログ運営をしていければ、というのが私の思いです。
それじゃ、また!

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