不登校になる子供たちは大勢いて、その理由や原因といったものは、本当に様々だよね。
うちの子の場合は、担任の先生のクラスでの生徒たちへの接し方というものが、大きな要因になっていたみたいなんだよね。
決してその担任の先生の指導の仕方を全否定するつもりはなくて、あくまで、うちの子はそれに対して拒否反応が出ていたんだなぁ、というお話。
引っ込み思案な息子と、活発なクラス
うちの子は引っ込み思案なところがあり、どちらかというと、控えめで前に出るタイプではない。
当時のクラスメートはとても活発な子が多かったらしく、騒がしかったり、授業中のおしゃべりなどで、頻繁に担任の先生のお叱りを受けていたらしいんだよね。
そりゃ先生だって、注意しないといけないときには注意するだろうし、叱ると思う。ただ、その方法はやはり人それぞれで、この先生の場合は、すぐに大声で怒鳴って怒っていたみたい。
自分に対して怒鳴っているわけではないにしろ、急に大声で怒鳴る先生が怖かったみたい。
「怒鳴る先生」がいる教室
毎日のように教室で怒鳴る先生がいる。やがてその場にいることが、この子にとっては苦痛になっていったみたいなんだよね。
私からしてみたら、自分が怒鳴られているわけじゃないから、「全然気にしなくて良いのに」と思うし、そのことを本人に話したことももちろんあったけど、この子にとってみたら、大声で怒鳴る先生がいるその空間にいること自体が、きつかったんだろうね。
もちろん、そのなかでも、普通に気にせずに学校生活を送っている子が大半なわけで、うちの子が、過度に反応が出てしまっている少数派だということを、もちろん親として理解している。
先生の学級運営をしていく大変さというものも、当然感じるわけで。
ここら辺のバランスというか、注意する、叱る必要がある場面で、その行動を取るときに、突発的に感情に任せて大声で怒鳴ったりしてしまうと、こういう風に意図しないところで心にダメージを負ってしまう子が出てしまうという現実。
先生というお仕事も、ほんと、大変だよね。
担任の先生との話し合い
登校できなくなってしばらくしてから、担任の先生にも会って、直接その話を伝えにも行った。
正直にいきさつを伝えたところ、「新学期の初めなので、子どもたちに舐められないように厳しく接していた、初めが肝心だから」という旨のことをおっしゃっていた。
これを聞いたとき、私には、その心持ちが、あまり理解できなかった。「舐められないようにするために」という言葉が、すごくひっかかった。
ということは、必要以上に厳しく? 大声で怒鳴ったということ? その現場にいたわけではないので憶測になってしまうけど。
そういう行動で接された子どもたちは、この先生に対して、心からの信頼は寄せなくなるだろうな。だって、物事の本質的に悪い、間違っていることを指摘するのではなく、先生の感情で怒ったり、怒鳴ったりするということだものね。
でも、本当に難しいね。先生も人間だし、そのやり方でも、全然気にならない子もいれば、苦しくなる子もいるわけで。
「怒る」と「叱る」は違う
このことで私が思うのは、「怒る」と「叱る」って、似ているようで、全然意味合いが違うということ。
「怒る」は、自分の感情をそのままぶつけること。イライラした気持ちを、大声や勢いで出してしまう。これって結局、自分のための行動だととらえることもできるよね。
でも「叱る」は、相手のことを思って、「それは間違っているよ」としっかり伝えてあげることだと思うんだよね。そこには、相手に良くなってほしいという気持ちがちゃんとあって、そこが相手のための行動といえると思う。
この先生の場合は、無意識かもしれないけど、「叱る」ではなく「怒る」になってしまっていたのかもなぁ、と感じている。
もちろん、間違ったことをした子に、ちゃんと伝えること自体は大事だと思う。ただ、その伝え方は、やはり「怒る」ではなく「叱る」であることが、すごく大切なことだと、私は思うんだよね。
難しいことだけど、私の中でもすごく重要な考え方として、これからも常に意識しておこうと思う。
この出来事が、私に教えてくれたこと
少なくとも私は、この件を息子の変化を通して、子どもたちに対してもそうだし、周りの人たちに対しても、自分の発する言葉が思っている以上に影響を与えることがあるということ——感情的になっている場合でも、自分の発する言葉の影響というものを、すごく考えるようになった。
一度発した言葉は、飲み込むことができないからね。
それでも、悲観はしていない
先生との話し合いを終えて、なんだかすっきりしない感情のまま帰路についたのを思い出すなぁ。
結果的にあらためて、「息子自身が極度に緊張や恐怖を強いられる環境に、我慢して居続ける必要はないな。さて、これからどういった進むべき道を一緒に模索していこうかな?」と考える、良い機会になった。
でも、不思議と悲観的には全くならなかったんだよね。
だって、息子の笑顔を毎日見ることが、ちゃんとできているからね。
今回は、息子が学校に行けなくなった「きっかけ」の部分を書いてみたよ。
じゃあ、そこから私たち親子が、実際にどう動いていったのか。次回は、その具体的な話を書いていきたいと思う。
教室ではなく「別室登校」という形を選んだこと。そしてそこで出会った、あるスクールカウンセラーの先生のこと。この出会いが、私たちにとって、すごく大きな転機になったんだよね。
同じように悩んでいる誰かの、ちょっとした参考になれたら嬉しいな。
それじゃ、また!

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